菅義偉の学歴や経歴は?生い立ちや身長に血液型も調査!

菅義偉(すがよしひで)さんと言えば、内閣官房長官で毎日記者会見をしているので、ニュースで姿を見ない日はないくらいです。

内閣官房長官は別の言葉で例えると「政権の要」と言われるくらい重要なポジションです。

菅義偉さんのことを調べると「令和おじさん」とか「甘党」なんて言われています。

でもやはり内閣官房長官なので、実力や統率力なんていうのが必要ではないと思うのです。

ということで、そんな菅義偉さんについて、

  • 生い立ち
  • 若い頃の経歴
  • 学歴
  • 身長や血液型

などについて紹介していきます!

菅義偉のプロフィール

 

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  • 生年月日:1948年12月6日
  • 年齢:71歳(2020年8月現在)
  • 出身地:秋田湯沢市

甘党な官房長官として話題になった菅義偉さんです。

インスタにはたくさんのご飯を食べるシーンがありますが、どの画像も選挙に出馬する人の応援にかけつけた時のものです。

もしかしたらご飯やデザートを食べるということが「つかの間の休息」だったのではないでしょうか。

菅義偉の学歴は?

菅義偉さんが在籍していた学校を紹介します。

  • 湯沢市立雄勝中学校
  • 秋田県立湯沢高等学校
  • 法政大学第二部法学部政治学科

湯沢高校の偏差値を調べたところ、2020年度は偏差値が58となっていて、秋田県の中でも偏差値の高い公立高校となっていて、国公立大学へ進学する生徒は多いようです。

菅義偉さんが湯沢高等学校に通っていたのは50年も前のことになりますが、もしかしたらその時代から進学校だったのかもしれません。

菅義偉の生い立ちは?

秋田市でいちご農家の長男として生まれます。

父親である菅和三郎さんが「秋の宮いちご」のブランド化に成功。

ハウス栽培が主流となる中、秋の宮いちごは露地栽培にて生産されています。

生産面積は全国でもトップであり、地元からは夏いちごとして親しまれているそうですよ。

そんなお父様から農業大学校へ行くように勧められましたが、断って高校卒業後に集団就職で上京しました。

東京へ行けることを夢見ていたものの、現実は甘くなくダンボール工場で働き続ける日々が続いたそうです。

上京してから2年後に、学費が安いという理由で、法政大学第二部法学部政治学科へ進学しました。

第二部というのは夜間学部のことをさしています。日中は学費や生活費を稼ぐために働いていたと思われます。

1973年大学卒業。その後は建電設備株式会社に就職。(現在は株式会社ケーネスと名称が変わっています)

政治家へ転身

  • 1975年:小此木彦三郎の秘書へ
  • 1983年:小此木通商産業大臣の大臣秘書官となる
  • 1987年:神奈川県・横浜市会議員選挙に出馬して初当選
  • 1996年:衆議院議員総選挙に出馬し初当選となる

その後、沖縄基地負担軽減担当大臣・拉致問題担当大臣を就任

2012年に内閣官房長官に任命されました。

菅義偉さんは内閣官房長官として歴代1位の在職日数を更新中です。

菅義偉の身長や血液型は?

菅義偉さんの身長は公表されていません。
ということで、比較になるような画像を探してみました↓

こちらは北海道へ視察した時の写真です。

真ん中にいるノーネクタイの人が菅義偉さんです。

そして、右端にいるのが鈴木直道北海道知事。

鈴木知事は身長が174cmと公表しています。

パッと見た目、鈴木知事より菅義偉さんは低く、10cmくらい差はあるかな?と思うのですがどうでしょうか?

もしそうであれば、菅義偉さんの身長はだいたい165cmということになりそうです。

菅義偉さんの血液型はO型であることが分かりました。

まとめ

菅義偉さんの生い立ちは、

いちご農家の家に生まれ、農業を継ぐことなく集団就職で上京してダンボール会社に勤め、2年後に法政大学経済学部に入学します。

大学卒業後は建電設備株式会社に就職しますが、政治家へ進むべく国会議員であった小此木彦三郎さんの秘書になります。

約10年間、秘書として活躍し、神奈川県・横浜市会議員選挙に出馬して初当選。

9年後には衆議院議員総選挙に出馬し初当選となります。

2012年に内閣官房長官に任命されました。

以後、内閣官房長官として在籍日数は歴代1位とのことです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました!